『悲しみ場面における愛他的メッセージの認知』
(失恋場面について)
 
 
 
 
 
 
静岡県立大学 国際関係学部 国際言語文化学科 4
杉本 真紀
 
 
 
 
 
『悲しみ場面における愛他的メッセージの認知』
問題

人は悲しみ場面の中にいる人に対し、何かしら愛他的なメッセージをなげかけることがしばしばある。悲しみを和らげるためや、元気づけるために発するのであるが、その言葉は実際、受け取った側に影響を与えているのであろうか。どんなに相手のことを想って発した言葉であっても、受け手がそのように受け取らなければ愛他的なメッセージは発信者の自己満足にすぎず、愛他的メッセージとしての本来の役割を果たしていないと言える。そこで、本研究は愛他的メッセージを受け取る側に立ち、愛他的メッセージの認知がどのような要因により行われるかを探ることにした。ある悲しみ場面を取り上げ、愛他的メッセージとして発せられた言葉が受け手に愛他的だと認知させる要因を因子分析によって探索してみた。

予備調査
目的

悲しんでいる人に対する愛他的メッセージの事例を収集し、本調査のための質問項目を決定する。

方法

対象者(調査者を含む) 大学生8人(男子1人、女子7人)

提示場面 ある人物が恋人に振られて落ち込んでいるという場面を調査者が創作した。(表1参照)

手続き 表1の悲しみ場面を対象者に提示し、話し合いにより悲しんでいる人物に対する愛他的メッセージを挙げた。

表1 予備調査における悲しみ場面と教示文

[提示場面]

あなたの友人Bさんは恋人に振られて落ち込んでいます。どうやらBさんの恋人には新しく好きな人ができたようです。

[教示]

あなたは友人Bさんがとても落ち込んでいる様子を見て、励ましてあげようと思います。Bさんのためを思って何か言葉をかけてあげて下さい。

結果

対象者より15個の愛他的メッセージの事例が挙げられた。その15個すべてを愛他的メッセージとして本調査に使用することにした。
 

表2 愛他的メッセージの本調査用事例
事例(15個)>

1.いい女(男)になって見返してやろう

2.もう一回話し合ってみたら?

3.ここであきらめたらだめだよ

4.彼(彼女)よりもっといいひとがいるよ

5.彼(彼女)なんてわすれちゃえ

6.一緒にやけ食いしよう

7.どこか遊びに行こう

8.パーっと飲みに行こう

9.あんまり考えすぎないで

10.いい経験したと思えばいいよ

11.別れてよかったんだよ

12.彼(彼女)もひどい人だよね

13.つらいね、ショックだよね

14.私も同じことがあったからわかるよ

15.友達になればいいよ

 
本調査
目的

悲しみ場面における愛他的メッセージの受け手が、その愛他的メッセージをどのように認知するかを調べる。そして、愛他的メッセージを認知させる要因を因子分析によって探索する。

方法

対象者 未婚者176人(男子88人、女子88人)

質問紙 悲しみ体験の有無、悲しみ体験の時期・程度をたずねる質問項目、そして悲しみ場面の記述、教示、愛他的メッセージの項目、愛他心認知の程度をたずねる評定尺度からなる。(表3参照)愛他的メッセージの項目は予備調査において得られた15項目であり、愛他心認知の程度は7ポイント評定である。また、対象者の悲しみ体験の有無は質問紙中の悲しみ場面と似たような体験がある、「はい」「いいえ」の2ポイント評定、悲しみ体験の時期は「一ヶ月以内」「半年以内」「一年以内」「一年以上」の4ポイント評定、悲しみ体験の程度は「非常に辛かった」「辛かった」「あまり辛くなかった」「辛くなかった」の4ポイント評定である。

表3 質問紙の形式

[提示場面]

あなたは最近、長く付き合ってきた恋人に突然振られて落ち込んでいます。どうやらあなたの恋人には新しく好きな人ができたようです。

[教示]

あなたの友人Bさんは、あなたがとても落ち込んでいる様子を見て、励ましてあげようと思いました。友人Bさんの言葉は、どれくらいあなたのためを思っていってくれたと感じますか。当てはまる番号に○をつけてください。

 
 

手続き 調査は集団で実施した。対象者に質問紙を配布し、口頭で補足説明をあたえた。回答は対象者ペースであり、特に制限時間は設けなかった。回答終了者から順に質問紙を回収した。

結果

各項目の度数分布とパーセントを表4に示す。

表4 各項目の度数分布とパーセント

各項目の回答について「全くそうだと思う」を7点、「かなりそうだと思う」を6点、「どちらかといえばそうだと思う」を5点、「どちらともいえない」を4点、「どちらかといえば違うと思う」を3点、「かなり違うと思う」を2点、「全く違うと思う」を1点として得点化した。得点が大きいほど、その項目に対して愛他心を強く認知していることを示す。これを愛他心認知得点と呼ぶ。

各項目の愛他心認知得点の平均・標準偏差および最小値・最大値は表5のとうりである。

表5 各項目に対する愛他心認知得点の平均・標準偏差と最大値・最小値
 
平均
標準偏差
最小値
最大値
1.いい女(男)になって見返してやろう
4.84
1.54
1
7
2.もう一回話し合ってみたら?
4.21
1.61
1
7
3.ここであきらめたらだめだよ
3.84
1.62
1
7
4.彼(彼女)よりもっといいひとがいるよ
4.51
1.55
1
7
5.彼(彼女)なんて忘れちゃえ
3.93
1.67
1
7
6.一緒にやけ食いしよう
4.35
1.84
1
7
7.どこか遊びに行こう
5.15
1.52
1
7
8.パーっと飲みに行こう
5.19
1.6
1
7
9.あんまり考えすぎないで
4.59
1.47
1
7
10.いい経験したと思えばいいよ
4.6
1.5
1
7
11.別れてよかったんだよ
3.61
1.63
1
7
12.彼(彼女)もひどい人だよね
3.41
1.45
1
7
13.つらいね、ショックだよね
4.1
1.53
1
7
14.私も同じことがあったからわかるよ
4.61
1.6
1
7
15.友達になればいいよ
3.03
1.53
1
7
 

共通性の初期値を1とし、主成分分析法により因子を抽出した。その結果4因子解を適当と判断した。このとき、4因子による累積説明率は58.94%であった。バリマクス回転後の各項目の因子負荷量を表6に示す。

表6 バリマクス回転後の因子負荷量
 
因子1
因子2
因子3
因子4
項目1
0.394
0.447
0.000
0.000
項目2
0.000
0.000
0.143
0.904
項目3
0.000
0.000
0.108
0.872
項目4
0.695
0.235
0.000
0.000
項目5
0.729
0.209
-0.125
0.000
項目6
0.112
0.707
0.000
0.000
項目7
0.105
0.843
0.000
0.000
項目8
0.000
0.875
0.000
0.000
項目9
0.501
0.222
0.310
0.000
項目10
0.478
0.000
0.331
-0.185
項目11
0.804
0.000
0.000
-0.111
項目12
0.744
0.000
0.106
0.126
項目13
0.000
0.000
0.695
0.000
項目14
0.000
0.000
0.783
0.170
項目15
0.000
0.000
0.669
0.273
 

表6において因子負荷量の絶対値0.60以上を示した項目の内容を参考に各因子を解釈した。

因子1に対して項目11「別れてよかったんだよ」と項目12「彼(彼女)もひどい人だよね」と項目5「彼(彼女)なんか忘れちゃえ」と項目4「彼(彼女)よりもっといい人がいるよ」がプラスの負荷を示していた。この4つの項目は当事者に現実を見つめさせ、新しいことへ目を向けさせようとするようなメッセージであるので、現実肯定因子と命名した。

因子2に対して項目8「パーっと飲みに行こう」と項目7「どこか遊びに行こう」と項目6「一緒にやけ食いしよう」がプラスの負荷を示していた。この3つの項目は全く問題に触れずに気分を変えさせようとするようなメッセージであるので、問題置換因子と命名した。

因子3に対して項目14「私も同じことがあったからわかるよ」と項目13「つらいね、ショックだよね」と項目15「友達になればいいよ」がプラスの負荷を示していた。この3つの項目は当事者の感情に共有するようなメッセージであるので、感情共有因子と命名した。

因子4に対して項目2「もう一回話し合ってみたら?」と項目3の「ここであきらめたらだめだよ」がプラスの負荷を示していた。この2つの項目はこの問題をあきらめさせまいとしたメッセージであるので、非諦観因子と命名した。

このように、悲しみ場面における愛他的メッセージに対して、その受け手の愛他心認知は『現実肯定』『問題置換』『感情共有』『非諦観』の4つの要因に規定されると言える。

ここで解釈された各因子の標準因子得点を算出し、さらに分析をすすめた。まず、質問紙の性別の項目において男女の間で4因子の因子得点を比較してみた。表7は男女における各因子得点の平均と標準偏差を示したものである。

 
表7 男女の人数および各因子得点の平均と標準偏差
因子名
性別
平均
標準偏差
現実肯定
87
0
1.151
88
0
0.823
問題置換
87
-0.269
1.065
88
0.266
0.857
感情共有
87
-0.222
1.009
88
0.129
0.945
非諦観
87
0
1.056
88
0
0.944
分散分析の結果、『現実肯定』と『非諦観』の因子得点について男女の間に有意差は見られなかったが(F(1,173)=0.974,p>.10)(F(1,173)=0.388,p>.10)『問題置換』の因子得点については女性の平均が男性の平均よりも有意に大きく、(F(1,173)=13.423,p<.01)『感情共有』の因子得点についても、女性の平均が男性の平均よりも有意に大きかった。(F(1,173)=8.925,p<.01)すなわち、男性よりも女性の方が、問題置換と感情共有を強く認知するといえる。

次に悲しみ体験の有無をたずねる項目に対して、体験あり群、体験なし群の間で4因子の因子得点を比較してみた。表8は体験あり群と体験なし群における各因子得点の平均と標準偏差を示したものである。

表8 悲しみ体験あり群・なし群の人数および各因子得点の平均と標準偏差
因子名
悲しみ体験の有無
平均
標準偏差
現実肯定
体験あり
138
0
1.021
体験なし
37
0
0.923
問題置換
体験あり
138
0
1.043
体験なし
37
-0.151
0.811
感情共有
体験あり
138
0
1.032
体験なし
37
0.2
0.853
非諦観
体験あり
138
0
0.995
体験なし
37
0
1.02
分散分析の結果、4因子とも因子得点について群間に有意な差は見られなかった。(F(1,173)=0.255,p>.10)(F(1,173)=1.083,p>.10)(F(1,173)=1.894,p>.10)(F(1,173)=0.078,p>.10)

また、悲しみ体験の時期をたずねる項目に対して、一ヶ月以内群、半年以内群、一年以内群、一年以上群の間で4因子の因子得点を比較してみた。表9がこれらの群における各因子得点の平均と標準偏差を示したものである。

表9 悲しみ体験時期別の人数および各因子得点の平均と標準偏差
因子名
悲しみ体験の時期
平均
標準偏差
現実肯定
一ヶ月以内
11
0
0.958
半年以内
32
0.185
1.183
一年以内
20
0
0.796
一年以上
73
-0.123
1.022
問題置換
一ヶ月以内
11
0.113
1.369
半年以内
32
0.118
1
一年以内
20
0
0.827
一年以上
73
0
1.076
感情共有
一ヶ月以内
11
0.282
1.215
半年以内
32
0
1.28
一年以内
20
-0.166
0.666
一年以上
73
0
0.949
非諦観
一ヶ月以内
11
-0.163
0.75
半年以内
32
0.113
1.093
一年以内
20
0.155
0.823
一年以上
73
-1.03
1.021
分散分析の結果、4因子とも因子得点について群間に有意な差は見られなかった。(F(3,132)=0.676,p>.10)(F(3,132)=0.178,p>.10)(F(3,132)=0.463,p>.10)(F(3,132)=0.651,p>.10)

悲しみ体験の程度をたずねる項目についても非常に辛かった群、辛かった群、あまり辛くなかった群、辛くなかった群の間で4因子の因子得点を比較してみた。表10がこれらの群における各因子得点の平均と標準偏差を示したものである。

表10 悲しみ体験の程度別人数および各因子得点の平均と標準偏差
因子名
悲しみ体験の程度
平均
標準偏差
現実肯定
非常に辛かった
46
0
1.089
辛かった
55
-0.204
0.938
あまり辛くなかった
30
0
1.036
辛くなかった
4
0.638
1.095
問題置換
非常に辛かった
46
0
1.049
辛かった
55
0.111
0.96
あまり辛くなかった
30
0
1.173
辛くなかった
4
0.154
1.1
感情共有
非常に辛かった
46
0
1.105
辛かった
55
0
0.964
あまり辛くなかった
30
-0.156
1.028
辛くなかった
4
-0.787
0.681
非諦観
非常に辛かった
46
0
0.961
辛かった
55
0
1.019
あまり辛くなかった
30
-0.245
1.017
辛くなかった
4
0.347
0.92
分散分析の結果、4因子とも因子得点について群間に有意な差は見られなかった。(F(3,131)=1.336,p>.10)(F(3,131)=0.111,p>.10)(F(3131)=1.002,p>.10)(F(3,131)=0.798,p>.10)
考察

愛他心認知の要因は因子分析により『現実肯定』『問題置換』『感情共有』『非諦観』の4つが得られた。愛他的メッセージを発する場面においては、この4因子に考慮すると有効となるのではないだろうか。各因子における男女、悲しみ体験有無、悲しみ体験の時期、悲しみ体験の程度についての比較は分散分析により、男女の『問題置換』と『感情共有』の2因子のみ有意な差が見られた。問題置換因子において女性が男性よりも強く認知しているのは、女性の方が問題を置き換えることによって悲しみが和らぎ、その悲しみを忘れてしまおうという傾向が強いと考えられる。感情共有因子においても女性が男性よりも強く認知しているのは、女性の方が、類似した悲しみ体験をもつ者との感情共有によって、悲しみを和らげる傾向が強いのだと言える。『現実肯定』と『非諦観』の因子に男女差が見られなかったのは、起こってしまったことをそのまま受け入れることによって悲しみを和らげることに性別の違いはない、ということだろう。また悲しみ体験の有無において因子に有意差が見られなかったことは、失恋という悲しみ場面が体験なし群にとっても容易に想像できる場面であり、同じ要因で悲しみをとらえられたのではないかと考えられる。悲しみ体験の時期、程度の比較ついても有意な差が見られなかったことから、悲しみ体験を持つ者は、時期、程度に関わりなく同じ愛他的メッセージの認知の仕方をするということが言える。

悲しみ場面において愛他的メッセージを発する場合、その経験があってもなくても、女性に対しては感情を重視し、また、別の方向に目を向けさせるような言葉を発し、男性には感情よりも現実を見つめさせるような言葉を発すると、有効な愛他的メッセージとなりうるのかもしれない。
 

<参考文献>

田中 敏 1996年 『実践心理データー解析』p.213-255 新曜社

・中川 美枝子 1995年 「愛他的メッセージに対する被共感者の認知と理解」

上越教育大学学校教育学部(学校教育専修)平成4年度卒業論文