『両親の死の場面における愛他的メッセージの認知』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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                      森下 奈緒美

 

 

 

 

問題

最近のニュースで中学生がナイフで人を傷付けたり、陰惨な殺人を起こすなどの事件が多発している。彼らにその様な凶器を持たせたり、その様な殺人のシナリオを描かせているものは何であろう。警察の尋問で彼らは口々に「テレビで見てかっこいいと思ったから」、「マンガや本に書いてあったから」と答える。現代の子供たちが言葉によって受ける影響は大きい。彼らは物体を通して得る言葉の世界に浸り、それを現実の世界に置き換えようとする。その影響は子供たちに対する言葉に思いやりが希薄になっていることと反比例しているのではないだろうか。それは子供たちに限らず現代を生きるわれわれ人間すべてにいえることである。そしてそのため我々は自分が直に受ける生身の言葉に非常に敏感になっている。

 そこで自分を思いやってかけられた言葉(愛他的メッセージ)に対し人はどう感じるか、どのような言葉が思いやりの込められた言葉だと認識するのかをわれわれが想像しやすい悲しみ場面を仮定し調査した。また悲しんでいる人がその愛他的メッセージを愛他的だと感じる要因を因子分析によって抽出した。さらに愛他的メッセージを受ける側の環境と愛他的メッセージとの関わりを分散分析により調べた。

 

 

予備調査

 

悲しんでいる人に対する愛他的メッセージの事例を収集し、本調査のための質問項目を決定する。

 

方法

対象者 大学生8人(男子1人、女子7人)

 

提示場面

ある人物の親が亡くなり、悲しんでいるという場面を調査者が創作した。

 

 

手続き

悲しみ場面を対象者に提示し、悲しんでいる人物に対する愛他的メッセージを回答させた。回答は自由記述。

 

 

予備調査における悲しみ場面と教示文

教示場面

あなたの友人Aさんは、親が亡くなって悲しんでいます。

 

教示

Aさんはその事をあなたに話し、泣き出してしまいました。Aさんのためを思って、何か言葉をかけてあげて下さい。

 

結果

対象者の回答から、10個の愛他的メッセージの事例を得た。ここで得られた10個の愛他適メッセージを本調査で使用した。

 

 

愛他適メッセージの事例

 

 @パーっと、遊びにでも行こうか。

 A元気を出して、気を落とさないでね。

 B突然のことでびっくりしたでしょう。

 Cいいひとだったね。やさしい人だったね

 Dご家族は大丈夫?

 E天国で見守ってくれるよ。

 Fつらいね。頼りにしてたのに悲しいね。

 Gいつまでも悲しんでたってしょうがないよ。

 Hお父さん(お母さん)の分まであなたが頑張って。

 Iいつまでもあなたが悲しむ姿を見たくないはずよ。

 

 

 

本調査
 

 

悲しみ場面において友人に声をかけられたとき、そのメッセージをどのように認知するかを調べる。そして、そのメッセージの認知を規定している要因を因子分析によって探索する。また、その背景となる因果関係を追求する。

 

対象者 20歳以上 175人(男86人、女89人)

質問紙 悲しみ場面の記述、教示、メッセージの項目、愛他心認知 の程度をたずねる評定尺度 、および対象者の性別、年齢、両親の有無、両親を亡くした経験があるかどうかをたずねる質問項目からなる。メッセージの項目は予備調査において得られた10項目である。愛他心認知の程度は7ポイント評定である。対象者の性別と両親を亡くした経験のありなしは2ポイント評定、両親の有無は「両親ともいる」「父親がいる」「母親がいる」「両親ともいない」の4ポイント評定である。

 

語りかける言葉に、感情を共有していることが感じられること、問題を真に解決しようとする姿勢があることが、悲しみ場面に置かれた人に有効である。

質問紙の形式

[場面]

あなたは、父または母が亡くなって悲しんでいます。あなたの悲しみはとても深く、何も手につかない状態です。あなたはそのことを、友人のAさんに聞いてもらいました。 あなたの話を聞いた後、Aさんは以下のような言葉を言いました。 A さんは、どれくらいあなたのためを思って言ってくれたと感じますか。 当てはまる箇所に○を付けてください。
 


 

最後に、性別・年齢・このような悲しみ体験の有無について、ご記入ください。

 

・性別:

・年齢: )才

・両親を亡くした経験がありますか。

両親ともいる

父親がいる

母親がいる

両親ともいない(

 

以上で質問は終わりです。ご協力ありがとうございました。なお、この調査結果は研究以外の目的では使用いたしません。

 

 

 

手続き

@調査は集団で実施した。回答は対象者ペースであり、特に制限時 

 間は設けなかった。回答終了者は各自提出した。

  1. 8人の実験者がそれぞれ10人の被験者に質問用紙を配布し、回答
 終了後各自で回収した。

 

 

結果

 

各項目の回答について「全くそう思う」を7点 、「そう思う」を6点 、「どちらかといえばそう思う」を5点 、「どちらとも言えない」を4点

「どちらかと言えば違うと思う」を3点 、「かなり違うと思う」を2点 、「全く違うと思う」を1点として得点化した。得点が大きいほどその愛他的メッセージ項目に対して愛他心を強く認知していることを示す。

各項目の回答数と愛他心の得点の平均・標準偏差および最小値・最大値は表1のとおりであった。

表1 各項目に対する愛他心認知得点の平均・標準偏差と得点範囲

 

 
N
最小値
最大値
平均値
  標準偏差
 
統計量
統計量
統計量
統計量
標準誤差
統計量
質問1 175 1 7 5.34 .10 1.39
質問2 175 1 7 4.85 .12 1.52
質問3 175 1 7 4.37 .13 1.72
質問4 175 1 7 4.27 .13 1.73
質問5 175 1 7 5.14 .11 1.52
質問6 175 1 7 4.29 .13 1.74
質問7 175 1 7 4.91 .12 1.58
質問8 175 1 7 4.58 .12 1.57
質問9 175 1 7 4.27 .13 1.77
質問10 175 1 7 3.32 .14 1.88
有効なケースの数 (リストごと) 175          
 

 

 

表2 度数分布表

 

 

 

表2は各質問項目における7ポイント評定の結果である。上段が各評定の人数で、下段が合計人数に対する割合を示したものである。

 

 

《一回目の因子分析》

 表 3    

 

表 4

 

主成分分析(共通性の初期値=1、因子抽出法=主因子法)により因子を抽出した。その結果、3因子を適当だと判断した。(この時3因子による累積説明率は59.11%であった。)

因子の抽出数が決まったので、一回目の因子分析を終了する。

 

 

2回目の因子分析》

表 5

 

 

 

表 6

 

 

 

 

 

表 7 バリマスク回転後の因子負荷量

     

      因子抽出法:主因子法

 

 表7おいて因子負荷量の絶対値0.40以上を示した項目の内容を参考に各因子を解釈した。まず、因子Tに対して、項目7「いつまでもあなたが悲しむ姿を見たくないはずよ」(故人の代弁)と項目8「天国で見守ってくれるよ」(故人の代弁)と項目5「お父さん(お母さん)の分まであなたが頑張って」(前向きな生き方の勧め)がプラスの負荷量を示していた。3項目とも悲しんでいる人の今後を後押しするような

励ましのメッセージであった。このことから、因子Tを『未来肯定』因子と命名した。

次に、因子Uに対して、項目3「いいひとだったね・やさしい人だったね」(故人の回想)と項目4「突然のことでびっくりしたでしょう」(当事者への同情)と項目2「つらいね・頼りにしていたのに悲しいね」(当事者への同情)がプラスの負荷量を示していた。これらのメッセージは、当事者と同じような感情になって故人を思ったり、一緒に悲しんでいるような内容である。そこで、因子Uは当事者の感情を共有しているかどうかに関連すると解釈し、『感情共有』因子と命名した。

最後に、因子Vに対して、項目10「パーっと、遊びにでも行こうか」(場面の転換)と項目9「いつまでも悲しんでいたってしょうがないよ」(場面の転換)の両項目がプラスの負荷量を示していた。これらのメッセージは悲しみを断ち切らせようと鬱な気分を別な方向へ移そうとしている。このことから、因子Vを『状況転換』因子と命名した。

以上のことから悲しみ場面における愛他的メッセージに対して、その受け手の愛他心認知は『未来肯定』と『感情共有』と『状況転換』によって規定されるといえよう。

ここで解釈された各因子の標準因子得点を算出し、さらに分析をすすめることにした。質問紙の両親を亡くした経験があるかどうかをたずねる項目に対して、経験ありと回答した12名と経験なしと回答した163名の間で『未来肯定』と『感情共有』と『状況転換』の因子得点を比較してみた。(表8は両親を無くした経験の有無における、各因子得点の平均と標準偏差を示したものである。)

 

表 8 各因子得点の平均と標準偏差

表 9 各因子得点の分散分析

 

分散分析の結果(表5参照)、『未来肯定』の因子得点(F=0.375p>.10)と『状況転換』の因子得点(F=0.927p>.10)について有意差は見られなかったが、『感情共有』の因子得点については経験ありの人の平均が経験なしの人の平均よりも有意に大きかった(F=5.345p<.05)。

 なお、性別・両親の有無も分散分析を試みたが有意な結果は得られなかった。

 

考察

以上の結果から、両親を亡くした経験がある人はない人よりも感情共有性を強く認知するといえる。これは本調査でたてた「語りかける言葉に、感情を共有していることが感じられることが、悲しみ場面に置かれた人に有効である」という仮説を支持する結果といえる。ここでの悲しみは両親を亡くした時の感情であるので、その苦痛は非常に大きいと思われる。つまり、両親を亡くした経験がある人は同じ悲しみを感じてくれる人を求めており、そのような言葉に愛他心を最も感じることがわかる。また、両親を失うということは究極の悲しみ場面であり、実際の愛他的メッセージを受けた者の認識と想像上の感情で判断した者とには大きな違いがうまれたのではないだろうか。 

 性別、両親の有無において有意差がみられなかった理由としては、まず性別に関していえば、両親に対する感情や依存度は人それぞれであり、男女の違いによるものではない。また、被験者の大部分が大学生であったため、今後変化していくと思われる男女による両親との距離の差が現時点ではあまりみられないことにあると考えられる。この研究では行なうことはできなかったが、被験者の年齢層を広げ、年代別のデータを分析すれば性別において意味のある結果が得られたかもしれない。

両親の有無に関していえば、被験者のほとんどが両親とも健在であり、「父親がいる」「母親がいる」「両親ともいない」人のデータがごく少数しか集められなかったため有意な結果が得られなかったと思われる。

自分以外の人間の感情を把握することは難しい。そして自分がどれだけ相手のことを思ってかけた言葉であっても、その言葉を受けた人がその気持ちを理解してくれるとは限らない。問題はいかに相手と同じ気持ちになれるかであろう。心を病んでいる人は同じように感情を共有してくれる人間を求めている。まずその要求に応え、それから前向きな解決を探索していけば問題で示した事件は少なくなると私は思う。

 

【参考文献】田中 1996年 実践心理データ解析

p213〜255 (中川 美枝子 1995年 愛他的

メッセージに対する被共感者の認知と理解 上越教育大学

学校教育学部 平成4年度卒業論文)