太陽光紫外線は、その波長によってUVC(200~280nm), UVB(280~320nm), UVA(320~400nm)の3つに分類されます
(図1)。UVCはオゾン層にカットされ地上に到達しないので、生体に影響を与えるのは、UVB(>290nm)とUVA領域の紫外線です。これまで、多くの紫外線の研究がなされてきましたが、そのほとんどは、UVB単独、UVA単独の影響について行われてきました。しかしながら、私たちは、それらに単独で曝露されることはありません。また、極地ではオゾン層破壊に伴い、UVB,UVCの比率が高くなります。そこで、本研究室では、UVB/UVAを太陽光と同比率にした照射装置を作成し、各波長の紫外線の相互作用を加味した紫外線影響を検討しています。また、これまでほとんど影響がないとされていた長波長紫外線(>370nm)の影響を検討しています。環境変化に伴う紫外線応答について探求するとともに、紫外線発がんにおいて何が重要なのか、紫外線防御には何が必要なのかなど、医療や疾病予防にも結びつく研究を目指しています。
具体的な内容としては、UVAとUVBの相互作用によるヒストン修飾の変化から、細胞死、発がんとの関連性を検討しています(図2)。ヒストンはクロマチンを構成する主要蛋白質であり、リン酸化、アセチル化、メチル化など修飾を受け、クロマチン構造が変化します。クロマチン構造の変化は、転写を制御し、一定の遺伝子の発現を誘導もしくは抑制します。また、クロマチン構造の変化は、DNA損傷の誘導、修復率を変化させると考えられます。波長依存的に引き起こされるヒストンの修飾が、それらに影響を与える影響を検討しています。
Study Topics 1-1
UVAはUVB照射によるサンバーン(アポトーシス)を抑制する
UVA/UVBをマウスに照射するとサンバーンがおこり、表皮角化細胞のアポトーシスが誘導されます(図3)。そこで、UVA/UVBの比率を変化させ、その際のアポトーシスの出現を検討しました。その結果、紫外線中のUVAの比率を増やすと、アポトーシスが抑制されることが判明しました(図4)。紫外線の傷が極めて大きい時、細胞は修復するより損傷を受けた細胞丸ごと死なせる方を選択します。これがアポトーシスですが、UVAがこれを抑制することは、がんの誘発、抑制どちらに働くのでしょうか?(現在検討中:
シドニー大学との共同研究)。 下図の結果からも分かるように、太陽光中の各波長の紫外線は相互作用しながら影響しているといえます。今後の紫外線研究は、UVA/UVBを混合した影響検討が必要と考えています。
本研究室の発表論文
■ Radiation sources providing increased UVA/UVB ratios attenuate the apoptotic
effects of the UVB waveband UVA-dose-dependently in hairless mouse skin. J. Invest. Dermatol. 127, 2236-44 (2007).
Study Topics 1-2
紫外線のアポトーシス阻害効果
一般的に短波長紫外線(UVB, UVC)はアポトーシスを誘導する事が知られていますが、私たちの研究では、ある条件下で紫外線がアポトーシスを阻害し、がん化を誘導する事を発見しました。これまでに、紫外線や化学物質等についての変異原性やがん原性は多く検討されていますが、細胞死の阻害がもたらす発がんに関してはほとんど考慮されていないのが現状です。しかし、傷ついた細胞が何らかの条件で生き残れば、その傷は次世代に受け継がれ、傷が蓄積していく、つまり発がんに至ると考えられます(図5)。よって、この死ぬべき細胞 (アポトーシスを起こすべき細胞)が生存するという細胞の不死化現象が、発がんに大きく関わっている事は明らかでしょう。
ここでその実験の一部を紹介します。図6は上記のように細胞死を免れた細胞をマウスの足に注入し、数週間経った様子です。右のマウスでは腫瘍を形成しているのが分かります。つまり細胞死の阻害が発がんに関与している事を示しています。細胞死の阻害は、紫外線だけでなく種々の化学物質や、大気中に存在する環境汚染物質に擬似太陽光を当てた後に産生する物質にも認められることがこれまでの研究により判明しています。現在はこの細胞死の阻害機構を解明するため、分子生物学的手法を用いて実験に取り組んでいます。
この話題に関する本研究室の発表論文
■ Suppression of apoptosis by UVB irradiation: survival signaling
via PI3-kinase/Akt pathway.
Biochem. Biophys. Res. Commun. 279, 872-878 (2000)
■ Antiapoptotic effects induced by different wavelength of ultraviolet
light.
Photochem. Photbiol. 75, 495-502. (2002)
■ The antiapoptotic effect of low-dose UVB irradiation in NIH3T3 cells involves caspase inhibition.
Photochem. Photobiol. 77, 276-283 (2003)
■ Dysregulation of apoptosis by benzene metabolites and their relationshoips with carcinogenesis.
Biochim. Biophys. Acta. 1690, 11-21 (2004)
■ Proteome analysis of UVB-induced anti-apoptotic regulatory factors.
Photochem. Photobiol. 81, 823-829 (2005)
■ Hydrogen peroxicide is critical for UV-induced apoptosis inhibition.
Redox Report. 11, 53-60 (2006)
■ Inhibition of apoptosis by menadion on exposure to UVA.
Cell Biol. Toxicol. 22. 351-360. (2006)
■ Akt-mediated intracellular oxidation after UVB irradiation suppresses apoptotic cell death induced by cell detachment and serum starvation.
Photochem. Photobiol. 84, 154-61 (2008)
■ Benzo[a]pyrene exposed to solar-simulated light inhibits apoptosis and augments carcinogenicity.
Chemico-Biol. Interact. 185: 4-11 (2010)
私たちは太陽光紫外線の影響を受けると同時に、常に様々な化学物質に曝露されています。両者が複合的に作用するとき、単なる相加的作用ではなく、相乗的に作用することがあります。環境化学物質と光の複合作用として、本研究室では次の3パターンを軸に生体影響を考えます。
1.光励起作用:化学物質に光が吸収され、励起状態となり、その際発生する活性酸素種などが生体に影響する場合
2.光分解作用:化学物質が光分解を受け、その反応中間体が生体に影響する場合
3.複合作用:予め紫外線に曝露され、その後化学物質に曝露される場合
これらの複合作用について、特にヒストン修飾変化に焦点を絞り研究を行っています。
Study Topics 2-1
光励起作用によるヒストンH2AXのリン酸化と、それを指標とした光毒性の検出系の構築
本研究室では、種々の化学物質がUVA照射下で光励起反応を引き起こし、様々なDNA損傷を誘導することを明らかにすると共に、それら損傷が皮膚がん等の疾患につながることを提唱してきました
(図1)。このような知見を基礎として、近年、私たちは化学物質の光励起反応によりヒストンH2AXがリン酸化することを明らかにしました。ヒストンH2AXはヒストンH2Aのバリアントであり、DNA二本鎖切断に基づきリン酸化されます (図2)。ヒストンH2AXのリン酸化は元々、放射線によるDNA二本鎖切断の生成に伴って誘導されるものとして発見されたものですが、化学物質の光励起作用においても誘導されることは私たちが初めて明らかにしました(図3)。最近では、DNAアダクトやクロスリンク、一本鎖切断など各種DNA損傷の修復・DNA複製過程においてもリン酸化されることがわかっています。また、ヒストンH2AXのリン酸化は低濃度の化学物質の光励起反応において誘導されるため、これを光毒性検出の指標として使用することで、これまで利用されてきた他の手法に比べ、高感度な光毒性検出を実現することができました (図4)。今後、化学物質光毒性試験の一次スクリーニング法として、化粧品、食品産業などで応用されることが期待されています。
この話題に関する本研究室の発表論文
■ Coexposure to benzo[a]pyrene plus UVA induced DNA double strand breaks:
visualization of Ku assembly in the nucleus having DNA lesions.
Biochem. Biophys. Res. Commun. 322, 631-6 (2004)
■ Coexposure to benzo[a]pyrene and UVA induces phosphorylation of histone H2AX.
FEBS Lett. 579, 6338-6342(2005)
■ New method for testing phototoxicity of polycyclic aromatic hydrocarbons.
Environ. Sci. Technol. 40, 3603-3608 (2006)
■ Coexposure to benzo[a]pyrene and UVA induces DNA damage: First proof of double-strand breaks in a cell-free system.
Environ. Mol. Mutagen. 47, 38-47 (2006)
■ Water soluble fraction of solar-simulated light-exposed crude oil generates phosphorylation of histone H2AX in human skin cells under UVA exposure.
Environ. Mol. Mutagen. 48, 430-9(2007)
■ DNA damage induced by coexposure to PAHs and light. A mini review.
Environ. Toxicol. Pharmacol. 23, 256-263 (2007).
■ Phosphorylation of histone H2AX is a powerful tool for detecting chemical photogenotoxicity
J. Invest. Dermatol. 131,1313-1321 (2011)
Study Topics 2-2
環境化学物質の光分解物によるヒストンH2AXのリン酸化
Benzo[a]pyrene(BaP)に代表される多環芳香族炭化水素(PAHs)は、その化学構造中にベンゼン環を有しており、紫外線のエネルギーを吸収しやすい性質を有しています。BaPに擬似太陽光を照射すると、図5に示すように色が変化し、光分解されていることが予想されます。LC-MS分析等から、BaPの光分解物としては、BaP-4,5-dihydrodiolや 2-hydroxy-BaP-1,6-dioneなどの酸化体が同定されました。光分解したBaPは、BaP自身よりも高い細胞毒性を有しており、かつDNA損傷のマーカーであるヒストンH2AXのリン酸化を顕著に誘導することが明らかになりました(図6)。また、BaP以外の他のPAHsにおいても、紫外線領域、特に短波長の紫外線に吸収を持つPAHsは、太陽光照射後、ヒストンH2AXのリン酸化を誘導することから、環境化学物質の毒性評価において、光の影響を考慮することの重要性が示されました。
この話題に関する本研究室の発表論文
■ Chemical change of chlorinated bisphenol A by ultraviolet irradiation and
cytotoxicity of their products on Jurkat cells.
Environ. Toxicol. Pharmacol. 21, 283-289 (2006)
■ Change of estrogenic activity and release of chloride ion in chlorinated bisphenol a after exposure to UVB.
Biol. Pharm. Bull. 29, 2116-9 (2006)
■ Solar-simulated light-exposed benzo[a]pyrene induces phosphorylation of histone H2AX.
Mutat. Res. 650, 132-139 (2008)
■ Induction of apoptosis by UV-irradiated chlorinated bisphenol A in Jurkat cells.
Toxicol. In Vitro 22, 864-872 (2008)
■ UVB-exposed chlorinated bisphenol A generates phosphorylated histone H2AX in human skin cells.
Chem. Res. Toxicol. 21, 1770-1776 (2008)
■ UVB in solar-simulated light causes formation of BaP-photoproducts capable of generating phosphorylated histone H2AX.
Mutat. Res. 702, 70-77 (2010)
エピジェネティック変化、中でも核内クロマチンの構造変化は特定の遺伝子群の誘導もしくは抑制を引き起こし、細胞の増殖、分化、死にかかわっていることが明らかになっています。ヒストンはクロマチンを構成する主要蛋白質であり、4種のコアヒストン(H2AX,
H2B, H3, H4)は進化上最も保存されています。それらは、リン酸化、アセチル化、メチル化など修飾を受け、クロマチン構造を変化させます。特にヒストンのアセチル化は、遺伝子の転写活性化に重要であり、そのアセチル化レベルはヒストンアセチル化酵素(HAT)とヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)により制御されていますが、いくつかのがん組織においてHATの不活性化とHDACの異常な活性化によるヒストン脱アセチル化が観察されていることから、HDACの阻害剤が抗がん剤として注目され精力的に研究されています。
一方、クロマチン構造の変化とDNA損傷・修復には密接な関係があります。損傷したDNAを修復するにはクロマチン構造を緩め、そこにDNA修復に必要な蛋白質を接近させる必要があるとされています。本研究室では、紫外線並びに化学物質によりもたらされるヒストン修飾変化が、紫外線により誘導される代表的なDNA損傷修復機構であるヌクレオチド除去修復を変化させることを明らかにしており、現在、紫外線と化学物質の複合影響において、エピジェネティクス変化がもたすジェネティックな変化について検討を進めています(図1)。
Study Topics 3-1
環境化学物質の光分解物によるヒストンH2AXのリン酸化
本研究室では、ここ数年、各種環境因子作用によるヒストンの修飾について検討を行っており、これまでに、数種の環境ストレスによりヒストンがアセチル化またはアセチルリン酸化されることを明らかにしています。例えば、紫外線照射は、照射後10~30分にかけて高いヒストンH3のアセチル化を示し、多くの化学物質を含むタバコ煙などでも作用後30~120分にかけてヒストンH3のリン酸化、それに伴うアセチル化が引き起こされます。また、ヒ素やニッケルがヒストンアセチルリン酸化やメチル化を誘導することが幾つかのグループから既に報告されていますが、毒性学の分野においてヒストン修飾に関する報告は非常に少ないのが現状です。
一方、HDAC阻害剤により、ヒストンを高アセチル化状態に保つことができますが、その状態で紫外線照射すると、紫外線照射により生成する傷であるピリミジンダイマーが修復(ヌクレオチド除去修復)されにくいことを明らかにしました(図2)。紫外線照射後にヒストンのアセチル化が引き起こされることは前述しましたが、このアセチル化が紫外線照射によってできるピリミジンダイマーに修復因子を引き寄せる目印であるという報告もあるため、ヒストンが高アセチル化していたら、修復の目印が区別できなくなってしまうため修復が阻害されると我々は推察しています。よって、環境ストレスによるヒストン修飾の変化、特にアセチル化は、紫外線はもとより、様々な環境因子によるDNA損傷修復を変化させる可能性があると考えます。高アセチル化状態が、ヌクレオチド除去修復を阻害することを利用して、本研究室では光照射によるがん治療法の開発も目指しています。
この話題に関する本研究室の発表論文
■ Histone deacetylase inhibitor, sodium butyrate enhances the cell-killing effect of psoralen plus UVA by attenuating nucleotide excision repair.
Cancer Res. 69, 3492-3500 (2009)