物性化学研究室


物性化学研究室で行っている研究について、紹介いたします。

有機リン化合物のアセチルコリンエステラーゼ阻害機序に関する研究
クロルピリホス(CPF)は殺虫作用を示す有機リン化合物であり、シックハウス症候群の原因物質の一つと見做されている。CPFは、室内環境指針値がホルムアルデヒド(0.08ppm)の約1000倍厳しい値(0.07ppb)として定められており、生活環境を保全する上で注視すべき化合物といえる。
先行研究において我々は、CPFの神経毒性をアセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害に基づいて評価し、その阻害機序に関して(i)芳香環に結合するハロゲン(塩素)置換基、および (ii)芳香環内の窒素元素が、重要な役割を果たしていることを報告している。
一方、有機リン化合物は、難燃剤や可塑剤として快適な生活環境を構築する上でも幅広く使用されており、CPFの様に明確にAChE阻害を示す化合物が存在するが、その阻害能が未だ不明確な化合物もみられる。
 そこで、有機リン化合物のAChE阻害機序を分子構造論的に予測する有益な情報を得るため、CPFとはハロゲン基の種類が異なり、かつ芳香環内の窒素元素をもたないブロモホスエチル(BPE)に今回着目し、AChE阻害能の評価を行っている。

光触媒酸化によるバイオガス発電システムから得られる液体肥料の高付加価値化の検討
 近年,肥料の価格高騰や農林水産省による緑の食料システム戦略の策定によって,食品残渣や汚泥などの産業廃棄物から窒素やリンなどの肥料成分を回収・活用することによる,資源循環の構築が望まれている。
バイオガス発電は食品廃棄物などを原料とし,発電を行う際に消化液を排出する。消化液は肥料成分を含んでおり,液体肥料として施設園芸などに利用することができる。しかし,需要を超えた消化液は,廃液として処理されているのが現状である。液体肥料の利用を促すために,アンモニア態窒素を硝酸態窒素に変換することで,植物工場や水耕栽培への応用も可能となる。
アンモニア態窒素の硝酸態窒素への変換法として,生物学的硝化があるが,その硝化効率は温度・溶存酸素・pH・有害物質濃度に大きく依存する。そのため,高濃度のアンモニアなどを含む液体肥料においては,硝化反応が阻害されることが懸念される。一方,光触媒酸化に用いられるTiO2は安価な触媒であり,光触媒酸化によってアンモニアを亜硝酸・硝酸に変換できることが報告されている。しかし,既往研究の多くは純水中での実験であり,夾雑物質を多く含む実サンプル中での実験例は限られている。
本研究では,TiO2を用いた光触媒酸化による液体肥料の高付加価値化の初期検討として,TiO2によるアンモニアの硝化機序の解明を試みている。

製品との非接触時における皮膚中残留化学物質の経皮曝露を考慮するためのモデル構築
リン系難燃剤(PFRs)の多くは,添加型の難燃剤であり,高分子材料と化学的に結合していない。そのため,製品から環境中へと容易に放出される可能性がある。これまで,経口曝露や経気道曝露がPFRsの主要な曝露経路とされてきたが,近年,経皮曝露が注目されている。既存の経皮曝露評価法では,単純化した拡散モデルを用いて経皮曝露量を推算している例が多く,製品との接触により皮膚に蓄積したPFRsを考慮した評価はできていない。経皮曝露評価法の精緻化のためには,皮膚への蓄積や皮膚透過におけるラグタイムを考慮したシミュレーションモデルの構築が必要である。
本研究では人工皮膚を用いた自動車シート中PFRsの皮膚透過試験を行い,皮膚透過量について速度論的解析を行っている。また,PFRsや製品の物理化学的因子の違いによる経皮曝露量への影響の評価も行っている。

各種酸化法を用いた残留抗菌剤除去における実排水中夾雑物質が処理性能に及ぼす影響評価
抗菌剤は,病気の治療や予防に多く使用されている。しかし,最も普及している排水処理法である活性汚泥法は,難生分解性である抗菌剤の除去は難しく,放流水中に残存している。残留抗菌剤は,薬剤耐性菌感染症の原因となり,それに起因する死者は2050年には1000万人まで増加すると予測されている。抗菌剤を安心して使い続けるためには,投与後の抗菌剤を適切かつ効率的に処理できる排水処理技術の検討が重要である。
その対策としてオゾン酸化法や促進酸化法など,種々の酸化分解法が開発・検討されているが,それらを定量的かつ詳細に比較した例は限られている。また,実排水に含まれる夾雑物質の影響を定量的に評価した既往研究は少ない。
本研究では,既往研究において残留報告例の多い抗菌剤を含む7種の抗菌剤を対象とし,オゾン酸化法およびオゾン/過酸化水素法,フォトフェントン反応による分解実験を,5種の実排水中で行い,除去性能を評価・比較している。

家庭用ゲーム機に含まれるリン系難燃剤の実態調査とその使用に伴う経皮曝露量の推定
リン系難燃剤(PFRs)は,添加型難燃剤として様々なプラスチック製品中に含まれており,製品からの揮発や拡散,摩擦などによって曝露媒体に移行し,ヒトに曝露することが報告されている。PFRsのなかには,有害性を示すものもあるため,曝露に伴う健康への悪影響が懸念されている。従来では,室内空気を介した経気道曝露や,ハウスダストを介した経口曝露が難燃剤の主要な曝露経路とされていたが,難燃剤を含む製品との直接接触に伴う経皮曝露も,新たな曝露経路として注目されている。
新型コロナウイルス感染症の拡大によって在宅時間が増え特に青少年においてゲームをする時間が増加している。加えて,近年,コンピューターゲームやビデオゲームを使ったスポーツ競技であるeスポーツが流行し中学生や高校生は部活動として,また,大人はプロゲーマーとして職業的に長時間ゲームをする機会も増えている。一般に,大人よりも子供のほうが化学物質の影響を受けやすいため子供らが好んで使用する製品についてのリスクを評価することは極めて重要である。しかし,家庭用ゲーム機に含まれるPFRsの情報は限られているのが現状である。
本研究では,家庭用ゲーム機の中でも皮膚と直接接触する機会の多い,コントローラー中に含まれるPFRsの実態調査とその使用に伴う経皮曝露量の評価を行っている。

ウォーターサーバーの水中に含まれる有機リン化合物の初期曝露評価
有機リン化合物はプラスチックの難燃剤や可塑剤として広く使用され,プラスチック製品中に数パーセントオーダーという高濃度で含まれている。一般に,有機リン化合物は添加型の加工剤であり,製品と化学的に結合していないことから,製品外へ放出されやすいという特徴があり,室内空気やハウスダストを介してヒトに曝露することが報告されている。
ヒトにとって水は必要不可欠であり,ヒトの健康を保つためには,飲料水の安全性を担保することが求められている。有機リン化合物の中には,中程度から高い水溶性を持つものもあり,飲料水中に溶け出す可能性がある。実際,プラスチックボトル入り飲料水などから,有機リン化合物が検出された事例が報告されており,飲料水が有機リン化合物のヒトへの重要な曝露経路となる可能性も示されている。一方,近年,COVID-19の影響により,飲料水への不安や備蓄のために,自宅や会社でのウォーターサーバーの設置,常飲が増えている。既往研究によれば,ウォーターサーバーの水中から高濃度の有機リン化合物が検出されたことが報告されているが,我が国における測定例はない。
本研究では,ウォーターサーバーの飲料水を介した有機リン化合物の曝露・リスク評価を行うことを目的とし,液体クロマトグラフ-タンデム型質量分析計(LC-MS/MS)を用いてウォーターサーバーの水中に含まれる有機リン化合物を測定し,簡易的な曝露評価を行っている。

鉄を用いた新たな除去機構による空気中ホルムアルデヒドの除去とその評価
住居などの室内空気中に存在する化学物質のなかで、ホルムアルデヒドをはじめとしたアルデヒド類は,比較的低濃度でも健康リスクが高い傾向にあると報告されている。一方、物理吸着(例えば活性炭吸着など)や酸化分解(例えば酸化チタン光触媒酸化法など)を利用した種々の空気清浄機が販売されているが、ホルムアルデヒドの親水性や高い蒸気圧などの物性により、ホルムアルデヒドの除去は困難であると考えられる。他方,排水処理の分野では,アルデヒド類は鉄イオンと錯形成し,光照射により錯体が開裂・分解する反応が報告されている。また、不均一系の鉄触媒の活性は、担体の素材により大きく異なることが報告されている。
本研究では,上記の反応を空気中に応用し、高リスク懸念物質であるホルムアルデヒドの除去方法の開発を目的として研究を行っている。